最後の止水ハンドル
「ありがとうございます!またお願いしゃす」
いつものように帰りのお見送り。
○○さんご来店。
74歳、女性。娘さんも来てくれてる。俺と同じ歳の孫を持つ激優しいおばあちゃん。
いつものようにカラーを塗り、放置時間…
ピピピッピピッ
タイマーがなり、シャンプーだ。
「○○さんシャンプーしましょっか〜」
「倒しますね〜お首の位置大丈夫ですか?」
「はぁーい」
止水ハンドルをまわす。シャーー
「流しますね〜、お湯加減どうですか?」
「うん♪最高♪」
めちゃくちゃ優しいおばあちゃんなんだ
「んじゃーシャンプーしますね〜。」
「やっぱり気持ちいいね♪」
「あなたが17歳の時に初めてしてもらったシャンプーの感覚今でも憶えてるの(^^)ほんとに上手になったよね(^-^)」
「ありがとうございます。僕も成長したでしょ〜…」
このシャンプーの時に俺が辞めることを伝えなければならない。
「今年は最後だから、あなたにしてもらえて幸せだわ〜♪来年もよろしくね〜(^^)」
(ぇ。めっちゃ言いにくくなったやん。)
「娘ともあなたのシャンプー気持ちいいって、美容師ホント向いてるよねって話すの(^^)」
(もーーーやめてぇええええ!!!)
「はは、あ、ありがとうございます。」
少し無言の超癒しシャンプーが続く。
「トリートメントしていきますね〜。」
…
よし!言うぞ!!
…
「○○さん、僕ね、12/30で辞めるんですよ。」
「え?なんて?」
「僕ね、12月30日で辞めるんですよー」
「なんで!?どうしたの!?」
「…」
「ちょっと色々やりたいことありまして…」
「そうなの?もったいない。せっかく孫が2人できたと思って、月1楽しみにしてたのに」
○○さん、目つぶってるけど分かったんだ、目頭が熱くなってる感じが…胸が痛い。
「家の近所で美容師するなら、私あなた指名で行くよ!!」
「い、いや、はー…苦笑」
(俺、こんなに思われてんだ。シャンプーしかしてねえよ?)
そして、少しの沈黙の間にトリートメントが終わり、
最後の止水ハンドルをまわす。
シャーー シャーー シャーー
「ありがとうございました。」
そう言ってシャンプー台を起こした。
全ての工程が終わり、最後に堅い握手をもらった。
「あなたなら大丈夫!!応援してる!!またね。」
...
「ありがとうございます!またお願いします!」
こうして、残り少ない営業日数の中、
俺は最後の止水ハンドルを胸の痛みと共に回し続ける…。